ウブドの今昔物語
海外からの多くの文化人により、バリ芸能が豊かなものに。
ウブドのメインストリートは、東西に約1キロほどのそれほど長くない道です。
メインストリート中央には、パサール(市場)とプリ・サレン(王宮)があり、そこを中心に道の両側にレストランやカフェ、土産物屋がびっしり並んでいます。
メインストリートから南北に枝分かれした道にも、延々とお店が連なり、ホテルや簡易宿が軒を並べていますが、ほんの二十数年前までは小道を一本入るとあたりは田んぼでした。
メインストリートにもお店は数えるほどで、小道の奥の集落にはまだ電気や水道が通っていませんでした。
今のウブドからは想像も出来ませんが・・。
それでもなぜか、ウブドには第二次世界大戦以前から欧州をはじめとする国々からアーティストや学者が訪れていました。
まだ飛行機の就航などない時代ですから、人々は貨物船に乗り数ヶ月かけた航海の末、バリに辿り着いていました。
文化人類学者・作曲家・シュールレアリズムの旗手とされた画家など、多くの文化人がこのウブドを目指したのは、1931年のパリ公演がひとつのきっかけだったかもしれません。
地上最後の楽園を目指し、多くの文化人がウブドに訪れ、そして彼らを庇護したのはウブド王宮でした。
そのサポートのもと、海外アーティストはこのウブドで様々なアートを開花させました。
実は、それが今のバリ芸能のベースになっているのです。

